2010年04月03日

真夜中のマラソン

今日は第7回のパラオマラソンが開催されました。
フルマラソンとハーフマラソンの部がありましたが、せっかくなのでフルマラソンの部にエントリー

コースはニワール(Ngiwal)州をスタートしバベルダオブ島をコンパクトロードに沿って南下して、コロール島を横断してアラカベサン島のPPR(パラオパシフィックリゾート)までの42キロです。
PalauMarathon.jpg
パラオマラソン

日中のパラオの厳しい日差しを避けるためフルマラソンのスタート時間はなんと3時半!!完璧に夜です。
自転車でスタート地点まで行ってみると、それらしい人たちが集まっていました。
start.JPG
まだ真っ暗

フルマラソンは初めてだったのでペースも何も分からなかったのですが、ちょうどマラソン経験者の日本人の方がいて、5キロ30分くらいのペースでいくと言っていたので、自分もとりあえずそのペースで行くことに決定。
目標タイムは4時間半くらい

スタート時間の3時半になりスタート地点にいくと、参加者はたったの6人。伴走車含めたボランティアの人のほうが断然多かった。

スタートしてしばらくすると集団も完全にバラけてきてほぼ一人旅に。
たまに伴奏車が付いてくれましたが、場所によっては月の明かりだけを頼りにコンパクトロードを走りましたやや欠け月静寂につつまれたコンパクトロードで聞こえる音は自分の足音だけ頭上には満天の星空が広がっていましたぴかぴか(新しい)しばらくは一定のペースを刻みながらとても気持ちよく走れました。

アイライ州にある中間地点(スタートから21km)くらいまでくると周囲がうっすらと明るくなってきました。時計を見ると5時半をちょっと回ったところ。スタートからここまで2時間はほぼ予定通りのペース

しかし順調だったのも25km付近まで。
30キロ手前の空港付近から突然足が重くなってきた。足首、ふくらはぎ、ひざ、ももから股関節に至るまで足全体に痛みを感じるようになってきて空港前の上り坂でついに歩きだす。

その後走ったり歩いたりを繰り返してなんとか残り10キロ地点であるコロール島への入り口のKBブリッジに到着。ここで午前7時。すでに約30分の遅れ。

KBブリッジの上りを登ったところでついに足が限界。一歩ごとに股関節に激痛が走り、橋を渡り終わってからはもう走れずほとんど歩きに。
一番目立つコロールの市街地もほとんど歩くことしか出来なかった。

もうすでにマラソンランナーには見えていなかったらしく、車が通り過ぎるたびに、
 ドライバー「どこ行くんだ?乗ってくかー?
 自分   「いや、いちおうレース中なんですけど・・」

それでもなんとかPPRまでたどり着き、最後は足を引きずりながらもゴール!!タイムは5時間40分〜50分くらい。最後の10キロはまさかの2時間半でした。

「マラソンは35キロから」とはよく言われますがまさにその通り。30キロまでとそれ以降は待ったく別のレースでした。こんなに脚を消耗するとは思わなかった。
でも今回の原因はなんといっても走りこみ不足。この大会の存在を知ったのが2日前だったので練習もろくにできずこれではしょうがない。

あとはこの靴でよくやりました。
Shoes.JPG
NIKE コルテッツ

今回優勝したのは、なんと前回の5キロのウォーカソンで圧勝したバングラディシュ人でした。レース後(一応)祝福にいくと、

 バングラ 「お、大丈夫か何かアクシデントでもあったのか?」
 自分   「いや、後半足が動かなくなって・・」
 バングラ 「そうか、ま、俺優勝したよ〜ん。」

もうマラソンはいいかなと思ってましたが、こいつへのリベンジのためだけにもう一回やろうかなとちょっとだけ思いました・・

ちなみに後でチラシを見て知ったのですが、これだけ苦労して完走したこのマラソン、
flyer.jpg
42.16キロって・・

42.195kmじゃないんです。
嫌がらせか!!

あと35メートルなのに。

ま、でもこれは見なかったということで、
PalauMarathon2.jpg
祝フルマラソン完走!

何はともあれ初フルマラソン、初完走となりました。

人気ブログランキングへ
posted by yort at 21:32| Comment(5) | TrackBack(0) | パラオ生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月01日

アルモノグイ

先日、職場の同僚の母親が亡くなられたので、そのお葬式に行ってきました。同僚の家のあるアルモノグイ(Ngeremlengui)州までみんなで車で出かけました。

アルモノグイ州はマルキョクからはちょうどバベルダオブ島の反対側に位置するため、こんな機会でもない限り、なかなか気軽に訪れることができません。
Ngeremlengui.JPG
アルモノグイの集落

到着するとすでに大勢の人が集まっていて、お金の回収作業が行われていました。
Funeral.JPG
お葬式

これらのお金はBadek(バダック)といって、亡くなった人との関係の近さによってその額が変わってきます。親戚などは多額のお金を払わなければならないといいます。

職場の同僚たちで20ドル〜50ドルくらい、自分は外国人なのでということで(収入もないので)5ドル払いました。

パラオではこうしてお葬式などのシュウカンや伝統行事の際に交換されるものとして3種類の「お金」があります。

 1.マネービーズ(ウドウド)
  パラオの伝統的な貨幣、家宝。何かの鉱石で出来ているが、現在のパラオにはその鉱石が存在しないことから外国から持ち込まれたもだという説が一般的
  images2.jpg
  エピソンミュージアムより

 2.ベッコウ
  ウミガメ(タイマイ)の甲羅を加工したもの

 3.USドル
  いわゆる普通のお金

今回は、マネービーズが3個、ベッコウが51個約26,000ドルが集まりました。これでお葬式としてはまずまずの規模だそうです。

パラオ人たちはこのシューカンでの出費が結構ばかにならないといいます。このために借金せざるを得ない人もいて、それが嫌でパラオを出て行く人も多いのだとか。
この辺りもパラオの人口が増えていかない原因の一つかもしれません。

最後に故人(先生だった)が生前に教鞭をとっていたコロールの高校の生徒とアルモノグイの小学校の生徒たちに囲まれ棺が車に載せられて運ばれていきました。
Funeral2.JPG
子供たちに見送られて

ちなみに今回行ったアルモノグイ州、

 自分   「今日、アルモノグイまで行ってきたよ。」
 ママさん 「え?」
 自分   「いや、アルモノグイまで。」
 ママさん 「え?どこだって?」
 自分   「あ、#@$□%△*%まで。」 ←表記不能
 ママさん 「あー、#@$□%△*%ね。」

パラオ16州のなかで断トツで発音が難しいです。
毎回頑張って発音しないとまず伝わりません。

人気ブログランキングへ
posted by yort at 22:28| Comment(0) | TrackBack(0) | パラオの習慣 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。