2010年06月01日

アポ島へ

ドマゲッティの沖合に浮かぶ、世界屈指のダイビングスポットであるアポ島へ渡ろうと思い、朝早くからドマゲッティ市の観光案内所に行って確認したところ、ドマゲッティからアポ島へ直行する手段はなく、ここから30キロほど離れたマラタパイ(Malatapay)という小さな集落からアポ島行きの船が出ているとのことだった。

ホテルに戻ってチェックアウトし、トライシクル、ジプニーを乗り継いでマラタパイに到着。
ガイドブックにも出ていないようなとても小さな集落で、幹線道路から海までの間には小さい昔ながらのマーケットがありその先に小さな船着場があった。
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マラタパイ

行って話を聞くとアポ島への便は1日1便で午後3時までは船が出ないとのこと。
時計を見るとまだ12時前。しかたなくここで時間をつぶすことに。
外は相変わらずの強い日差しだったが時折吹き抜ける風がとても心地よかった。
Apo5.JPG
風が気持ちいい

2時半ぐらいになり再び船着場に行くと係員がそろそろ出発するので受付するように言ってきた。
しかしあたりにそれらしき船も乗客も見当たらない。

  自分「ん?船は?」
  係員「あれあれ、あの白いやつ」
  自分「・・・・。(小っさ)

彼が指したのは浜に留っている小さなバンカーボートの一つだった。
Apo3.JPG
アポ島への定期船

よくみると6人乗りって書いてある。
パラオでダイビング等に行くスピードボートよりもさらに一回り小さかった。
乗り込む際も桟橋からではなく、ビーチから海の中に入っていって直接乗り込まなければならなかった。
乗客は自分を入れて5名。ボートは予定より少し早くマラタパイを出港(?)した。

海はパラオと違っていきなり外洋なので波にもまれて凄く揺れた。怖かったが向かいの席で赤ちゃんを抱いた女性が平然と乗っているので自分も平然と振舞い続けざるを得なかった。

30〜40分でボートはアポ島に到着。話に聞いていた通り何もない島。人々もみな海とともに昔ながらの生活をしている。パラオでいうとカヤンゲル島のような雰囲気。
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アポ島

しかも夜の6時〜9時以外は電気もつかないという。
島に2件あるうちの1つのロッジにチェックインした後、島内の高台に登ると島が一望できた。その先には遥か先まで青い海が広がっていた。この綺麗な海は遥か先パラオにまでつながっているのだろうと思うととても懐かしい感じがした。

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posted by yort at 10:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 任国外旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月31日

6年越しの願い

朝5時にドミを出てタクシーでマニラのニノイ・アキノ国際空港(NAIA)に向かった。マニラ空港は思っていた通りとても近代的な建物だった。

飛行機は7時過ぎに離陸し1時間ほどでネグロス島ドマゲッティ(Domaguete)に到着した。ドマゲッティ空港は地方空港だけあって空港はとても小さく、飛行機から降りて歩いて小さな事務所のようなところに入ると荷物の受け取り場所になっていてそこを出るともう外だった。

外に出るとそこはマニラや北ルソンとは明らかに気候が違っていた。パラオを出て以来はじめての抜けるような青空刺すような強烈な日差し。
ロックアイランドに行ってもこんな強いかどうか・・。

街の雰囲気もとても南国的で椰子の木やバナナの木が並びビサヤ諸島に来た事を改めて実感させられた。
Dumaguete2.JPG
ドマゲッティの街
しかしあまりの暑さに、ホテルにチェックインして街に出かけても長い時間歩いている事ができずにすぐに宿に戻らざるを得なかった。

ここドマゲッティは6年前の協力隊応募の際に一度は派遣が決まった場所。歩いていると当時の配属先となるはずだった大学のコンピューター部門もあった。
その時は結局会社の都合でキャンセルせざるを得なかったが、もし派遣されていたら、ここで働き、この街で2年間暮らしていたと思うと少し不思議な気持ちになった。
ComputerCenter.JPG
大学のコンピュータ室

夕方になり少し涼しくなってきてからまた街に出てみた。日の落ちかけたドマゲッティの街並みは、建ち並ぶ街灯に照らされてとても美しかった。

神戸や横浜のような港町のような雰囲気があり、まだ暖かい風が吹き抜ける海沿いの道を歩いているだけで何だか気持ちがよかった。
Dumaguete.JPG
ドマゲッティの夕暮れ

ドマゲッティに来てやっぱりよかったと思う。
6年前からずっと心のどこかに残っていたしがらみのようなものががすっと消えていくように感じた。
Fireworks.JPG

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posted by yort at 13:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 任国外旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月29日

日本人旅行者

マニラは朝からとても暑かった。鉄道を乗り継ぎマニラ市のイントラムロスへ向かった。この辺りの街並みはフィリピンがかつてスペイン統治されていた時代の面影を色濃く残していた。
manila6.JPG
サンチャゴ要塞

マニラ大聖堂サンチャゴ要塞サン・オウガスチン教会と歩いていると、途中でフィリピン人の家族と会った。
cathedral.JPG church.JPG
マニラ大聖堂(左)とサンオウガスチン教会(右)
 
 家族 「$■@#○*%&☆?」←タガログ語
 自分 「・・・・。」
 家族 「#@$□%△*%」 ←タガログ語
 自分 「・・・・。」
 家族 「おー!旅行者か!

彼女らは普通にタガログ語で話しかけてきたが何も分からないでポカンとしているとやっと外国人だと気がついたようだった。
マニラに来てからこんなことが何回もある。パラオで1年間生活していたせいか日本人観光客とはすぐには分からなくなっているよう。

その後、国立博物館に行ったときも、

 自分「大人1名で。」(外国人料金の100ペソ渡す)
 係員「大人1名ね。はいお釣り。」(と言って30ペソ返される)
 自分「・・・・。」

普通にローカル料金で入場できた

宿に戻ると、明日行われるというマラソン大会のためにフィリピン各地から7〜8人の協力隊員がマニラに集まってきていた。
リトルトーキョーで食事をしながら活動や生活について話をしたがやはり皆苦労しながらも頑張っているようだった。

 隊員A 「職種は何ですか?」
 自分 「えーっと、、、」
 隊員B 「体育隊員?
 隊員C 「青少年活動とか?
 自分 「あ、こ、コンピュータ隊員です・・(すいません)

日本でコンピュータ技術者として会社で働いていた頃の面影はもうとっくに消えてしまっているのかもしれない。

明日からはつかの間の都会生活からまたバックパッカー生活に戻る。
3日間、フィリピン隊員の方々には大変お世話になった。突然のパラオからの訪問者を温かく迎えてもらいとても感謝している。

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タグ:マニラ
posted by yort at 11:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 任国外旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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